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社会資本整備の課題とその視点
清水 浩志郎
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〈はじめに〉
わが国は、新しい時代の入り口にさしかかっている。出生率の低下に伴う高齢化と将来増加が見込めない人口、バブル経済の崩壊による不況の長期化、ドル高円安による輸出の低下、さらには地球規模での環境問題への関心の高まりなどがそれである。私たちの意識が、「物の豊さ」から「空間」や「時間」に対する「真の豊かさ」へと変化するなかで、安全に、安心して暮せる社会建設のため、効率のみを追求するだけでなく、公正にも配慮した社会構築に向かってすべての人々の英知が注がれられねばならない重要な時期にきているといえる。こうした時代での地域づくりには、もはや行政区域とか県境という概念、あるいは官民という枠組みを超えた発想や理念が必要となるのである。 私たちの身の回りにある様々な公共的な施設、いわゆる社会資本はいうまでもなく人間の社会生活に密着しており、安全で、快適な生活空間の創出のために実施されるものである。そのため人間的環境はもとより、自然的環境とも深く係わるため、その整備では量的改善・拡大もさることながら、むしろ質的向上で問われることになる。 高齢化社会に突入し、さらに環境問題が議論されはじめて、社会資本の整備目標が、「質を備えた量的整備」という方向に大きく変わろうとしている。それは、急速に迫りくる高齢化社会に備え、国民すべてが等しくサ−ビスを享受できるような質の高い社会資本の整備が、21世紀に向けての最大の課題であるからでもある。しかし、こうした計量化の難しい人間へのやさしさとか、環境への配慮という視点に着目した整備理念に対しては、従来の定量的整備理念思考では充分に対応できないのである。 以下で、わが国を取り巻くこうした社会環境下における社会資本の整備理念を整理し、私たちの生活に深く係わっている道路の整備と関連づけて少し考えてみたい。 ところで、一般的に社会資本は、生産に係わる社会資本(道路、鉄道、港湾、空港など)、生活に係わる社会資本(共同住宅、通信・電話、教育、衛生、文化施設など)、そして環境に係わる社会資本(治水、治山、国土保全など)の3つに分類される。その他、最近では大学・各種研究機関、情報通信網、社会福祉施設などの拡充・充実を新社会資本ともいっている。ここでは、それらを総称して社会資本と呼ぶことにしたい。
明治の文明開花以降、積極的に欧米の文明、技術、制度の導入を図り、近代化を進めた結果、わが国の社会資本の整備量は先進諸国に比べさほど遜色のない状態にまで達している。しかし、社会の発展は、絶えず新たな社会資本の充実を必要とし、そのことがまた次ぎの社会の発展を招くのである。これに耐えざる技術の進歩が常に要求されるのであるが、その時代の社会的ニ−ズや経済を背景に社会資本の整備哲学や理念は大きく変容してきている。 誰もが安全、安心に、快適に生活できる生活空間の確保、これこそが21世紀に向けてわが国が取り組むべき社会資本整備の基本的視点である。その背景には、余暇時間が増加し、経済的にも豊かさが拡大するなかで、真の豊かさ、心の豊かさが改めて問い直されていることがあげられよう。社会が豊かになり、人々のゆとり、うるおい指向が顕著になり生活全般にわたる質的向上志向の高まりのなかで、「自分の生活は本当に豊かであるのか」という思いが日本人全般の意識として根強い。それは、わが国をとりまく国際環境の変化や技術革新が進むにつれ、生活空間の拡がりのなかで、私たちの生き方、くらし方が大きく変化し、生活に対する価値感も変わり、ライフ・スタイルも多様化、高度化したからである。このことは、これまでの経済効率追求の時代から、文化やうるおいを融合した質の高い生活様式を求める時代へと変化しつつあることを示している。 それには、地域の文化や伝統を守り、環境を保全しつつ、環境に調和し、うるおいやゆとりをもたせ、やすらぎを感じる社会環境を創出するという思想への意識の転換が必要なのである。 こうした時代での社会資本の整備では、従来型の社会資本整備理念を大きく変容せねばならない。それは、戦後一貫して、GDPの成長率などにみられるように、右上がりを前提とした社会・経済環境を根本的に見直さねばならなくなったからである。すなわち、21世紀に向かって、かってわが国が経験したことがない人口減、高齢化、低経済成長、環境問題というあたらしいパラダイム・シフトが生じたからでもある。 さらにまた、社会資本としての各種事業は、公共の福祉のためになされ、またその事業の遂行には時間と多額の投資を要するという性格上、民間での投資が行われにくい。その財源の多くは公的な一般会計や税金でまかなわれることになる。社会資本の整備では、公平、公正、社会性が常に問われことも忘れてはならない。 ところで、最近どの程度の議論がなされたのか良く分からないが、「土木中心の従来型の公共投資では景気の浮動効果はあまり期待できない。むしろ生活基盤や情報・通信、科学技術分野などわが国の国際競争力向上につながる、いわゆる新社会資本といわれる分野に重点配分すべき」という意見があるという。 傾聴に値する議論ではあるが、社会資本の整備効果を短絡的に、短期的経済効果のみで評価することは無意味である。例へば、古代ロ−マ時代に建設されたアッピア街道や水道橋などの都市インフラが、その後のヨ−ロッパ諸国の文化を育て、いまも充分に機能しているように、また明治時代の鉄道網の整備が、世界の驚異となった戦後のわが国の経済成長の一端を担ったことなどその顕著な例である。すなわち、社会資本は子々孫々にわたり、常に私たち人間の社会生活に密着しており、安全で、快適な生活空間を創出し、私たちの生活向上のために実施されるもので、経済効果を含む様々な効果は長期にわたるのである。
従来の社会資本の整備方策は、需要が大きく投資効果のあるところから優先的に投資するという思想が支配的であった。もちろん経済効果最優先という考え方は重要である。しかし、人口減、高齢化、環境問題という21世紀に向かうトレンドとも関連するが、こうした「量」を指標とする整備思想だけでは、環境や人間重視という課題にはもはや対応でき得ないのである。そのためには、需要に基づく社会資本の整備哲学(目標達成型)から利用優先型(目的達成型)へ、すなわち需要があるから整備するという考え方から、こうした社会を構築したいとか、利用したいときのためにまえもって整備しておくという利用優先型整備へと意識の転換を図ることが重要となるのである。 しかしながら、利用優先型整備では「量」による計量化が難しいだけに、社会資本の整備と合意形成の相互関係も重視しなければならないことになる。そのため、整備に対する理念や広く世論の合意の得られる哲学が不可欠となるのである。また、社会資本整備の施策の質と量を財源制約の中でどのように調整するか、とくに「やさしさ」や「ゆとり」などという「心の豊さ」を指標とする概念思想に基づく評価要素と、高齢化を迎へ、将来多くの人が受益者となる社会的最大便益という評価要素との間の調整はこれからの課題である。いずれにせよこれらを含む総合的な計画理論と経験・実験を科学的に分析する体系構築がいま求められているのである。 目的対応型理念に基づく社会資本整備のひとつの具体例として、明治政府による鉄道建設を挙げておこう。 明治政府は明治5年新橋・横浜間の鉄道開通以降、明治22年には東海道本線を、同24年には東北本線を開通させるなど、明治末期までに約8000キロの鉄路を敷設した。鉄道網の建設は明治政府にとって中央集権を確立し、富国強兵政策をすすめるために不可欠な政策であったとはいうものの、厳しい財政のなかで、充分な鉄道建設技術さえ持ちえなかった明治の初頭に英知に富んだ勇気ある決意で、明日のわが国のために鉄道インフラを整備したのである。 その後も軌道系を中心とする交通基盤整備は、大正、昭和と継承され全国的な鉄道網のネットワ−クを完成させた。これなどは、需要優先型の計画理念から離脱した、わが国の将来を見通した総合的な交通計画による目的達成型整備理念といえよう。しかも鉄道網の整備は、わが国の産業の振興や国土開発に大きく寄与したのみならず、主要鉄道駅を中心とする近代的な都市計画や工業や産業の発達を促し、さらに近代文明を全国津々うらうらに伝播するという効果も発揮したのである。 道路整備に対しても、このような先見性に富んだ整備哲学、理念がいま求められているのである。
経済活動の環境影響を試算した経済企画庁のグリ−ンGDPや「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」第三部会報告による二酸化炭素濃度の地球温暖化影響被害額試算など、昨今国内外を問わず人間の社会活動が環境に与える影響度の計量化手法が提案されている。それらによれば、地球規模での環境破壊が極めて高価になると指摘している。将来、これを誰が、どのような形で負担するのか、真剣な議論が必要な重大の時期に来ているということだけ確かなようである。 一方、国土庁の試算によれば来世紀初頭中山間地域では、地域の担い手となる20歳から60歳までの人口が、42%も減少するという。仮に、中山間地域がこうした形で崩壊するとなれば、それはひとり中山間地域のみの問題ではなく、大都市圏での課題でもあるのである。それは、地域社会の崩壊とともに必ず将来生じるであろう環境への影響が懸念されるからである。人手不足による農地の荒廃、山野や森林の破壊による生態系への影響、国土保全、さらには新鮮で安全な食料の供給課題などとして顕在化するからでもある。こうした地域での生活基盤整備の強化は、焦眉の課題である。つまり、中山間地域での社会資本の整備問題は大都市圏のそれと対峙する形で議論するのではなく、同一テ−マとして、国民一人一人が等しく真剣に考えるべき課題のように思える。
従来わが国では、景気が減速し、不況に見舞われたから土木中心の公共事業で景気の浮揚を図るという場当たり的政策が実施されてきた。しかも、昨今わが国の経済や産業構造が大きく変化したために、従来型の公共事業では、景気対策効果が期待できない、という意見があるという。しかし公共投資としての社会資本は、こうした短絡的、短期的な効果論で整備すべきものではない、いうまでもなく経済波及効果はその結果として表われてくるものである。長期にわたる地味な国づくり思想のなかで、高齢化を迎え、環境に考慮した生活の基盤となるインフラを整備するという思考が重要なのである。そのため、わが国の未来がどうあるべきかという視点での社会資本の整備理念がいま問われているのである。そのなかでも、とりわけ「連続した生活空間」としての道路整備は、私たちの生活に直結しているだけに緊急課題のひとつである。しかしそのためには、全く新しい形での社会費用(ソシアル・コスト)を考慮した社会資本整備理念の確立が重要となる。 |
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